こんにちは。たちばなです。

本日は水曜日ではございますが、新潟の自宅からブログ発信です。

水曜日や木曜日・・・いわゆる「週の真ん中」に自宅にいる事って、本当に久しぶり。なんだか新鮮な気持ちです。

今日は、随筆です。リアルな法律情報や、目新しい救済情報は出て来ません。

ワタシの随筆・随想録です。思い出話を備忘録としてしたためます。つまらないかもしれないので、

無理して最後までお付き合いなさらないでください。変な言い方ですが(笑)




週の真ん中に新潟にいるのには理由があります。

今夜、新潟市北区で講演の依頼を受けている事からです。「新潟法人会・豊栄地域支部」さんのご依頼で、120分お話しして来るんです。聴講者は50人を超えるとの事(!)

今夜の新潟市北区でのおしゃべりには、ワタシは大変感慨深いものがございます。



「新潟県内の経営者を救おう!」って思って・・・・・・

資金繰り支援コンサルタント・自己破産させない屋を始めたのが、3年半前。

当初は新潟の自宅を拠点に始めました。




「オレみたいな仕事、東京でだったらやってるヤツはイッパイいるだろう。新潟だったらまずいない。」と言う思惑を持っていました。

新潟県内のあらゆるルートを模索しましたが、誰もまもとに聞きません。

異業種交流会なんかでも、情報の拡散に務めましたが、こちらも説明には時間がかかる。

いつしか、「煙たい存在」になっていた模様です(笑)


仕方なく東京を拠点にしました。東京でも同業者は、ほぼいませんでした。

「んじゃ、人口が多いから、東京でやって実績が多くなったら新潟でもやろう。」って方針転換して、約二年半。東京に拠点を移して、実績を重ねていくウチに首都圏をはじめ、国内各地でお話しさせて頂けるようになり・・・・・・こんな経緯とたどっているワタシにとっては、今夜のおしゃべりには特段の感慨深さを禁じ得ないんです。


変な言い方ですけど、特段「地元愛」が強いわけではないんです。

「I LOVE 新潟!」なんて声高に叫ぶつもりもないですし、新潟で仕事が出来れば効率が良い、程度の事だったつもりなんですが、やっぱり・・・・・こうなってくると、地元でワタシの話しを聞いて下さる経営者が増えていく事には、特段の嬉しさを感じちゃいますね(笑)




新潟市北区って、数年前まで豊栄市って言うところだったんですけど、ワタシのこれまでの人生の中で縁もゆかりも無いところ。ワタシの自宅から車でも一時間以上かかっちゃう。ハッキリ言って、行った事も無かったんです。

ワタシの友人「T」君の存在がワタシの新潟での仕事の拡充に大きく寄与してくれたお陰で、この地域でお話しさせて頂くのは3回目。

回数を重ねるごとに聴講者が増えて行き、一回目の20名少々。二回目の30名少々から、今回は50名超。



T君とのお付き合いは、今からちょうど10年前。青年会議所活動を通じての事でした。

同い年の彼とは、折に触れ顔を合わせていましたし、酒も酌み交わしましたが、最初から特別仲が良かったワケではなかったんです。

この仕事を始めるようになってから、地元の友人知人はドンドンワタシから距離を置いていった中で、少々人間不信になっていたワタシは、T君との関係も疎遠になっていたんです。

恥ずかしながら、ワタシ、地元の友達・・・・・ホンっ・・・とうに少ないんです。今でも。自慢になりませんがね(笑)


そんな折り、今の仕事をしている中で、Facebookでタグ付されたワタシの写真を見たT君が・・・・・

「コイツ・・・・・なんで、たちばなはじめなんだ?」って思った事がキッカケで、T君がワタシにメッセージを送ってくれたことが始まりでした。

「突然、青年会議所からいなくなったけど、今、なにやってんの??」っていうメッセージから。


それをキッカケに、今から一年半ほど前、長岡市の小料理屋でT君と再会したんです。3年ぶりくらいだったと思います。

ワタシは、青年会議所を中途退会し、以前商っていた商売を辞め、今の仕事に就くに至った経緯や、自分が救済を受けて行った時の出来事を、細かくT君に話したんです。T君は、「うん、うん」と聞き役に徹してくれました。


T君がワタシの話しをひと通り聞いたあと・・・・・・

「実は、俺が中学生くらいだった頃にさ、親戚の会社で大きな問題が起きて、一時存続がヤバかった頃があるのよ。何年か頑張ったあと、どうにか乗り切った事があってさ。

それ、俺は、どうやって乗り切ったんだろう・・・・って、今自分が経営者になってから、ずぅっと思っていたんだ。きっとキミの経験に似た部分が多くあったんだろうねぇ・・・・。

そう思って、キミ・・・いや、たちばなはじめの話しを聞いていたから、俺は怪しい仕事だなんて思わない。」

って言ってくれたんです。どれだけ、心が晴れやかだった事か!


その後、彼は新潟市北区の自分の地元の商工会や交流会に働きかけてくれ、これまでに二回。

そして、今回は法人会の席でお話しさせて頂けるようになったんです。

新潟県の県北部の遠くからご聴講にもお越し下さるようです。感慨もひとしお。だから今日の事は、ワタシは今から本当に楽しみなんです!



T君も現在は優良企業の経営者。彼の名誉の為に言っておきますが、彼は現在ワタシのスキルを必要としていません。でも地域に根差す企業として、「オレの地元の企業に必要な情報だ」と思ってくれている事から、彼はワタシを呼び、おしゃべりをさせ続ける事に力を尽くしてくれています。

ワタシも、東京で様々な方々とつながりを頂き現在がある中で、彼の今後の成功に寄与できそうな人物をガンガン紹介し、ご自身の糧にして貰おうと微力を尽くしています。

お互い年を重ね、企業人・経済人・家庭人として切磋琢磨していければ良いなぁ、と強く思っています。





東京でサラリーマンを二年半。

石油製品販売会社を営む父親の後を継ぐために、新潟にUターンして、25歳の時にTSUTAYAのFC加盟して、レンタルビデオを主体として複合小売店舗を開業。

「小室サウンド全盛期」の波に乗り、一時大儲け。26歳で年収1000万円を超えました。

振り払っても振り払っても・・・・・いろんな人がワタシの廻りにやって来ました。群がってくるんです。


ワタシも当時は若かった。人並みに天狗になりました。


その後、石油業の主要取引先が破たんし、数千万円の手形が焦げ付いた事からワタシの転落が始まったんです。チヤホヤしてくれた人たちが、一斉に蜘蛛の子を散らして行きました。ワタシの廻りには誰もいなくなりました。


そして、転落を極め、今の仕事を始めました。更に廻りに人がいなくなり、一時は親戚からも距離を置かれました。そんな中で、少しずつ実績を重ねて、重ねて、重ねて・・・・・・・現在のワタシがあるんです。







良くも悪くも、独りで生きていく事なんか出来ませんね。当たり前のことを40過ぎのおっさんが改めて感じています(笑)

いや、感じているんじゃないです。かみしめているんです。

ピンチの時に、救いの手を差し伸べてくれる数少ない「恩人」には、いつまでも感謝を忘れず、折に触れ恩返しができるように頑張ろう!


「人助けとビジネスは両立する」って志しているワタシも、イロイロな方々に助けられている、って事です。



こんな風に強く思います。

文中の「T君」はそんな風に思わせてくれた大切な友人であり恩人です。




今夜もT君が、「たちばなはじめを呼んでよかった!」って思ってくれるように、魂込めてお話しします。

今夜も最後はこれでシメますよ。

「自己破産しちゃいけない! 自殺はもっとしちゃいけない!」


自己破産防止のための中小企業の資金繰り改善法 公式ホームページ


中小企業の資金繰り改善法 facebookページ


中小企業の資金繰り改善法 twitterアカウント

-----